前回私は、「100%本能」という言葉を使いましたが、これはあまりよい 表記ではありませんね。私の心の師と仰ぐ岸田 秀先生曰く「人間は本能が壊 れた動物である」そうです。100%本能で文章を書くなんてありえないんですね。 ただし、壊れたとはいえ、残ってはいないわけではありません。だから自分が 文章を書く際にまったく本能から外れているかといえば、そこは否定しますが、 その要因がきわめて小さい、ということだけは確かなようです。では、自我が 書かせているのかというと、そうでもないような気がします。非自我、エスの 部分が書かせている、と自覚できるのならそれはエスではないですね。ちょっ と矛盾が生じてしましましたね。
ともかくあるとしてもほんの少量の本能しか使っていない、ということ だけが判明しました。しかし人間の本能がこの歳になっても存在するかは疑問 です。人間の本能は、赤んぼう時代に、暗闇の中でも笑っていたりする(ひき つれ、などとも呼ぶ)、などくらいしかしりません。じゃあ私は何なんでしょ うね。確かに、以前、年中笑った顔をしている、と言われたことはありますが。
私は文章を書く時あまり何も考えずに書いているような気がします。た だし100%本能というわけでなく十分理性(自我?)の入り込む余地があるわけで す。フロイトの言う自動書記とはちょっと違がいます。だからといってまとも な文章が書けているわけもありません。