私のUnix日記

わたしは、大学に入ってからUnixを使いだしたのですが、気が付くともう2年 以上たっていたんですね。LinuxやFreeBSDを自宅で使い、管理していると色々 と面白いこと(ほとんどが自分の凡ミス^^;)があります。ここでは、それをだ らだらと書きとめています。

しかし、こういうことをずーっと書いておくと自分のためになるような気が しますね。みなさんもどうですか?


SlackwareのLynx(1997/11/11)

最近マシンにSlackware3.3を入れる機会があった。とりあえずWWWブラウザと してArenaはあんまり使う気にならなかったので、とりあえずLynxだけをイン ストールした。前持って予期していたことだったが日本語が上手く通らない。

しゃーねーな、またコンパイルするかぁ

てなわけで、ソースを展開した後、再コンパイル。しかし、うまく日本語が表 示できなかったので、調べていくうちに、どうもコンフィグファイル (/usr/lib/lynx/lynx.cfg)をいじってやれば良いことに気がついた。てなわけ で、また時間を無駄に使っていたのでありました。(編集すべき所を書いてお きます。同じことを考えているかたは、どうぞ。また、これは環境変数にして おいてもきっとうまくいくと思います。)


編集した所。
CHARACTER_SET:Japanese (EUC)
PREFERRED_LANGUAGE:ja
PREFERRED_CHARSET:ISO-2022-JP
の3点です。

LANカードが... (1997/07/17)

私の使っていうるPCMCIA-LANカードがまた壊れてしまった。これで 何回目だろうか。このようにならないように非常に気を使っていたのに... や はり宿命なのだろうか。カードは旧MegahertzのXJ10BT。このカード最近非常 に安く売られているのだが、壊れやすいみたい。要注意かも。


最近のあたし。 (1997/06/17)

全然ここのページ更新してないな。うん。まあ、あまりなにもしていないか ら更新していないともいえます。最近やったことといえば、

くらいでしょうか。また、MyWalkingLinuxのページを改装しようと思ってます。 乞御期待。



Solarisにftpできないわけ (1997/04/01)

うーん。ちょうど1ヶ月たってますね。

さて、私はすごく困ったことがあった。それは何かというと、数学科の Solaris外部からftpできないということである。このせいで、情報教育センター (通称情教)からftpすることが出来なかったのである。そのため、計算機室が 閉ると電話回線を使わないとメールすら読めなかったのである。

最初は、ftpdに問題があるのでは? と思い、(今日)wu-ftpdを入れてみる、 が全然変わらない。ので、ftpできるという人と、情報を比較する。色々やっ た結果、ShellがtcshであることがSolarisの気にさわったらしい。

しかたないので、cshに戻し、.cshrcからtcshをexecさせることにした。が、

非常に汚い

と、思う。多分、BSDでいう、/etc/shellのようなファイルをいじればいいの だろうが、それが見当たらないので困っている。だれか、いい方法知らないか なぁ。


Makefileもよく見ろ (1997/03/01)

ちよっと更新サボってると、すぐ日にちが経つなぁと思う。それはさておき。

先日、Solarisにbindをインストールしようとした時である。「えーっと、ソースを展開して、と。」 中のReadme等を読むと、Makefileを直接いじって機種を選択すると書いてあるので、早速Solarisに関するコメント(#)を外す。「あーっと、MakefileはデフォルトがBSD系になってるのかぁ」と思ってBSDの所をコメントアウトする。(実はここがマチガイ)

で、コンパイル開始。すると、いきなり、

「ヘッダファイルがないよ」

とワーニング。当然コンパイルはその時点でストップ。うぬぅ。まず、ワーニ ングを見ると相対パスで指定されているヘッダファイルがない。そこで、 「/usr/includeにないのでは?」と思い、findで /usr/include,/usr/openwin/includeを調べると……ない。あれぇ? 虎の巻を 見てもそんなことは書いてない。その日のうちには理由がわからず、時間もな かったので次の日にやることにする。

さてさて、次の日。気分をあらためて、もう一度展開してみる。その前に、 「ヘッダファイルが別の場所にあるんかなぁ」と思い、/ (root directory)か ら、findをかますと……、ないと言われていたファイルがありました。それも、

bindを展開したディレクトリの中(笑)

そこで、順にドキュメントを見てみるとMakefileの中に「他の機種でも MakefileのBSDの所はコメントアウトしないでね」と(英語で)書いてあるでは ありませんか。

うーむ。またしてもマヌケな私。というわけで、文章になってる所はきちん と読みましょう。じゃ、また。


SKKサーバに接続せよ。 (1997/02/11)

うちのデスクトップマシンには現在FreeBSDが入っている。そして、サーバの Thinkpadくんから/home,/cdrom?等をマウントしている。つまり、こっちには あまり負荷を掛けないようにしているわけだ。

また、わたしは漢字変換システムにSKKを使っている。この文章を書こうと思い、FreeBSDのMuleでSKKを起動、ちょっとの間は問題なく使えていたのだが、…

Thinkpad上にサーバがありません

という非情なメッセージ(実際は英語)。うそつけー。と思いながら、きっと設定ファイルにミスがあるのであろうと、ファイルのチェック特に問題のある所は無いと思いながらも、試行錯誤でファイルをいじると状態がよけいに悪くなってゆく。

次に、「skkserv(サーバプログラム)のコンパイル時のオプションのせい?」と思い、ソースを展開する。しかし、そんな記述は見えない。「ひょっとして、変なポート番号の所で動いているとか?」と思いソースをチェックすれども思い当る所はない。なぜだ? 考えると、

ん、ポート番号?

そうか、「FreeBSDにskkservに接続するためのポート番号が定義されてないん だ。」ということに気付く。早速、/etc/servicesを見ると、あ、確かに番号 が無い。。ということで、早速番号を記述し、muleを再起動。すると、やったー。 動きました。

よく考えたら、最近同様の質問をfunixで答えたのでした。うーん、まぬけな私。


crack.com とは? (1997/02/08)

この日は、「sendmailデーモンはinetdで呼びだせるようにするとヨイ」と いう記事を読んで、あっ、そうか、と思い、Librettoの方をそのような設定に することにした。(他のマシンはあえてそうする意味がないものも多いので)

設定終了後、うまくいったかチェック。すると、確かにメールスプールに試験用メールが来ているのだが、その他に2通のメールがまじっている。Librettoのメールは旅行の時しか使わないのだが、最後にどこか行った時はちゃんと処理したはず。と、思い早速、中身を確認。すると…

なんじゃこりゃぁ!

なんと、メールの宛先は、「なんたら(ここは忘れた)@crack.com」となって いる。こんなメールアドレス見たことも、聞いたこともない。おまけになんと、 メールの内容が、わたしのマシンの詳細の情報( cat /proc * したものと思われる) じゃないですかぁー。あまりに気持ち悪いので原因を調 べることしたのでした。


身元調査開始


まずは、Librettoで、

 grep crack /var/log/message 
として、 犯行時刻をさぐる。と出てきましたよ。97年1月X日XX:XXっと。この日は一日 中Librettoはそばにあったハズだから、本体で侵入したハズがない。というこ とで、我が家のGatewayとなるThinkpadに侵入、その後、LAN経由でこっちに来 たに違いないと思い、Thinkpadの方を調べることにした。

今度は、Thinkpadで、mgettyのログを調べる。と、その日は、電話線からのロ グインどころか、電話が鳴った形跡すらない。「おっかしいなぁ…」。その後、 Thinkpad上のありとあらゆるlogfileをチェックしたが、どこにもそんな形跡 がない。うむぅ。

しかたないので、Libretto上で最後の手段をする。すべてのファイルにgrep crackをかける、実際は、root directoryで

 find . -type f -exec grep crack \{\}\; 
としたのだ。けっこう時間がたっってから出てきた結果の中には、

abuse

という文字が、そう、実はこれは、ゲームメーカーのアドレスだったのです。 うーん。おまぬけですね。私はてっきり、愉快犯と思っていましたが、違った んですねぇ。しかし、いつの間にこんなメール出したんだろう…

というわけで、crack.comというメールには気をつけましょう。
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lavalse@yo.rim.or.jp