この人との出会いは人生でも大きなものだったろう。最初に名前を聞い たのは、内田春菊さんのマンガ(幻想の普通少女)の最後に載っていた対談だっ た。その時は特になにもなかった。
その後しばらく経ち、仕事をドロップアウトし東京の弟に身を寄せてい た時に古本屋で、「おお、この名前は」と思って買ったのがきっかけだった。 「すべては幻想である」「共同幻想」という考えは私に多大なインパクトはは かりしれない。こんな考え方があるなんて、とそう思った。また別の本で自我 などの精神構造のことを学び、崩れていた自分の精神を立ちもどすきっかけを 与えてくれた。いわば命の恩人とも言えるかもしれない。
こんな岸田先生は非常に客観的で、あっさりしている。本当に。押し付 けがましくない。つまり著書で得た理論を使うも、適用するも自分しだいなの である。あくまで自己責任なのだ。
ある方に指摘されて気がついたのだが、この彼の言説は岸田 秀と非常に 似ている。だが少し違う。(宮台氏のページにも併記しておくが)その違いを書 くいてみよう。たとえるなら、宮台は刃物で、岸田は鈍器なのである。宮台は 何かしようとしているが、岸田は何もしようとしない。宮台は(比較的言葉)を そのまま使おうとするが、岸田は簡単な言葉で書こうとする。こんなところだ ろうか。しかし、ここでもし、言説にダメージがあるとするならば、この2者 のダメージは同じだろう。これは筆者の偏見かもしれないがそう思う。
(2000/02/17)毎度おなじみの岸田先生の雑文集である。4部構成になっていて、1章 は国際的から見て日本を分析、2章は逆にミニマムの視点、要するに人間的な 面から分析している。3章は岸田先生の自己分析?4章は書評のようなもので ある。
岸田先生があとがきで書いている通り、1、2章は何度聞いたかという ような"いつもしゃべってること"である。(表向き手を変え品を変えはしてい るのだが)3章は岸田先生の分析だが、とりあえず母との確執は何度も聞いて いるような気がする。しかし、それ意外にも先生の「おちゃめな一面」が見え る。ものぐさな先生らしい部屋の考え方。私も寝床の近くに雑多に物があるの は好きでござんす。ところで、何か書く時だけは机に向かわねばならないとあ りますが、ノートパソコンがあれば完璧ですよ、そう思った。
毎度のことながらの岸田先生の散文集である。この中で先生はなぜ自分 が散文集しか書かないのか、ということに触れている。いいわけがましい、と 思う反面岸田先生をなじみやすく、というか親しみやすくしているのではない だろうかと思う。(宮台真司の時に膨大な量の文章も時には…)かと言って短い 文章ばかり求めているかといえばそうでもない。表題になっている「二十世紀 を精神分析する」はうまくまとめると世界を完全に精神分析せしめる大著にで きるのでは?と思う。が岸田先生はさらさらその気はなさそうだ。
この本では、各文章が4つの章に分けられているがいまいち分類として"? "なとこがある。4章は書評・他人評。3章は自分(岸田先生)中心のコラム。1章 と2章は、これがよく区別がつかない。とにかく社会を分析しているのは確か であるが。なぜこんな分類がしてあるのか…。
また、この本ではオウム事件のことについて触れられているが、予想外 にあっさりとした反応である、氏は、日本の内的自己が吹き出したその一形態 と考えているようだ。そして、旧日本軍との類似点を指摘している。(同じよ うな組織作りがされていたこと、そこそこの人がくそまじめにやっていること、 同じことを何度もくりかえし実行していること)
最後の書評であるが、注目点は内田春菊・柳美里の2人の本が評論されて いることである。春菊さんは、まあ性描写のことには触れなくてはならんです わな。無理矢理関係を持たされた義父とのつながりを薄めようとしているのか、 という考察は、まあそうでしょうね、といった感じ。柳美里さんに至っては 「変な人の変な自伝」と書かれている。しかしこの本(柳美里「私語辞典」)を 自伝として解釈するとは考えつきませんでした。しかし文章を読んでいると岸 田氏は本来の自伝である「水辺のゆりかご」をどうも読んでいるようなフシが 見うけられるが、それでも自伝と解釈する。うーん。よくわからない。とにか く、唯幻論者であるといってよいであろう、2人の作品が評価されているのは 興味深い。
話のほぼ全部が韓国と日本との関係の歴史の分析に終始している。岸田 氏は 「官僚病の起源」 で述べていた日本の成立、 第2次対戦の分析がベースになっている。他の分析のとしては、欧米から日本 への対応が日本から 朝鮮、中国の強制反復の形式で日中戦争ごろの時期の行 動になっている。そして日本が思い上がって大戦へと流れこむ。もう1つは 「(未練がましくいわせてもらえば)福沢諭吉が脱亜入欧を唱える以前は、中 国や朝鮮との協力関係結ぼうとかんがえた、たしかに少数の意見だったかもし れまんせんが、そういう考え方が存在したのも、また事実なんです。その考え 方が現実化されなかったについては、もちえろん日本の責任がいちばん大きい ですが、当時の中国や韓国の状態にも一端の責任があるのでは無いでしょうか。」 また、福沢諭吉、勝海舟も朝鮮と話し合って開国しようと提案した、という史 実も金氏から述べられている。
むしろこの本は、韓国の風習などの勉強になった感がある、気がついた所だ けでもリストアップしてみるとまた、最後に北朝鮮は韓国がアメリカの植民地になっていると思いこん でいると指摘し、ちゃちな潜水艦で攻撃をしかけたり、旧日本軍のように国民 をかえりみず国家予算を軍事力につぎこんでいる、金日成はいわば天皇のよう な存在になっている、以上のようなことから「大日本帝国が冷凍保存されたよ うな国」と述べている。スゴイ。しかし聞いてみるとうなずけるような感じが する。また「金日成はそれまで支配していた大日本帝国をモデルにして国造り をするほかなかったのかもしれません。」と推測している。
ドイツとポーランドの歴史のすりあわせをしようとする試みのことは知っ ていた。が、この本で、「(その)ノウハウを、ドイツのユネスコが韓国に送っ たんです。で韓国は日本のユネスコ委員に「やってみませんか」と提案しまし た。ところが日本が断わったんです。日本と韓国は教科書を作るシステムが違 うから出来ない、というのが断った理由。」(引用) を聞いて なんでじゃぁ〜 叫んだ。こんなことだから従軍慰安婦の 話は一方的で不公平だから削れ、とかいう輩が出てくるんじゃ〜、と思った。
しかし、両氏は岸田「しかし、客観的な透明な事実というものはなかなか ない。事実と解釈は切り離せるものではありません。事実認識を共通にするの は非常に難しいと思う。1個人も個人としての歴史をもっています。自分はこ ういう人間で、こういうふうに育ったと。自分についての物語は自我を支える ために必要なんですが、そこには自惚れや自己正当化が入ってますから、そっ くりそのまま他者が認めることはありえないんです。」金「日本・ロシア・韓 国・北朝鮮・中国がこのテーブルにつく必要があると思います。」という指摘 をしている。ところで、岸田氏が例の「新しい教科書を作る会」のメンバーとは知ら なかった。が「あの会のメンバーの多くと同じ意見を持っているわけではあり ません。たとえばまの会は、日本軍が従軍慰安婦を使った記述は一方的で不公 平だから教科書から削除せよと主張していますが、私は、日本軍の従軍慰安婦 のことだけを載せているのは確かに一方的で不公平だから、米軍が日本女性を 従軍慰安婦に使っていたという意見です。いずれにしろ謝罪の問題も含め、歴 史についてあまり考えない人が多いからとくに日本近代の歴史についていろい ろ研究し、意見を言うのはいいことだと考えて、そういうことには役立つので はないかと、メンバーになってるわけです〜〜」という極めて客観的。感服し ました。私。中から切りくずさなきゃ駄目なのね。
最後に、この本で思わぬ知識を得たので紹介しておく。「哲学というのは神学の後釜です。神によって作られた秩序世界が崩れた後、何をもって世界秩序・世界の構造を成り立たせるかを真剣に考えざるをえなく なり哲学が生まれた。」
母性愛がテーマと思いきや、そこから家族、学校、にまで発展している。 昔は(明治以前くらい)までは、子供が死ぬのは結構日常茶飯事であった。明治 にかけて軍国主義的になってから、それじゃあ困る、ってんで、「母親」とい う共同幻想を作りあげる。が敗戦。しばらくそのままだが、母親としているこ との共同幻想の崩壊(「ママ」と呼び出す、コインロッカーベイビーなどを例) にし、母親が「母親業」を義務することに対することに疑問が出てくる。
とすると、母親は必要なくなるのか。子育ては「母親業」の人間がするのか、 というのかということになると、家族という共同幻想はどうなるのか。また、 ひとりっ子の反復強制などによる子育ての弊害など。
また、学校は現在「『その秩序から外れたものは一切許さない』という 非常に厳しく秩序遂行機関になっている」と指摘。本来教育とはどうあるべき ものなのか、塾(知識・技術能力の破綻から発生)、新興宗教(人格教育の破綻 から発生)という矛盾したシステムを見直し、必要最小限の教育をほどこし、 義務教育廃止、文部省廃止、という大胆な提示をしている。
あとで見なおすと、子供がどう苦しんでいるかという部分があまりに少 ないような気がしたがあとがきの方で、「以前このことについては述べた」と 書いてある。今回は、母親がいかに問題をかかえているかの方にテーマを置い ているそうである。先生...どこに書いといたか、くらい書いてくだいさぁ〜 い。
こういうタイトルでありながら官僚のことに言及 しているのは約半分である。官僚の汚職を太平洋戦争での軍人から続く、自閉 的共同体体質に起因すると分析。官僚のシステムそのものの問題点を現在のシ ステムに指摘し、その解決策も提示している。(また当時の軍人と官僚の類似 を指摘している) 『有能な人が支配者になることはあるであろうが、彼が支配者にのしあが るためにはいろいろ苦しい努力と犠牲を払ったはずふぇあり、その彼が自分の 三重や利益に無関心でひたすら国民のためを考えているなんてことがあり得る わけがない。彼だって他人を幸福にするために生まれてきたわけではない。有 能で潔癖な支配者を求めるのはあまりにも虫がよ過ぎ、欲が深すぎる。虫がよ 過ぎて欲の深い人が詐欺にひっかかりやすいのと同じで、そういう支配者を求 める国民がひどい目遭わされるのは自業自得である』。。。返す言葉が見つかりません。
また後半、「日本近代を精神分析する−−精神分裂病としての日本近代」で 読者に指摘された矛盾点(日本がペリー来航で"強姦"という形で開国せまられ た、それ以前の日本は外部を知らない幼児的なナルチシズムの時期にある、と 記述しているが、それまでの日本にまったくそんなことがなかったであろうか? という提示)にふれ日本の歴史そのものについて分析を行なっている。(古代に おいては日本は百済の植民地でったが、日本という国が成立した時にそのこと をひっくりかえし、皇国史観的神話が作られた。このような見解は岡田英弘 「日本史の誕生」にもある)
『幕府が江戸に北町奉行と南町奉行の2つの司法機関を設けて月毎に交 替させていたのは賢明にして巧妙な処置であった。幕府は奉行所というものが 自閉的共同体となりがちなことを知っていたのである。自閉的共同体となった 奉行所は身内や身近な人の犯罪は見逃すであろうし、仲間が誤判をしてもその ことを隠して、正しい判決だと強弁しつづけるであろう。しかし、1カ月後に は別の奉行所が事件を審理することになっていれば、そこに歯止めがかかる。』 うーん。なるほど。そういう例外を除けば歯止めがかからず、えらいことにな るのかぁ。今の日本は、、、ははは、駄目だね。裁判所も、国会も(あの自自 公なんてのは最悪。はやく日本も2大政党形式にならんかのう、っておれは小 沢か?)
またフランス人の個人主義の矛盾を指摘、英語教育の無用性 などが論じられている。
なんか書いてあることそのまま書いてあるだ けの気がするけど。まいっか。
文字薄くて文字がおおきかったので予想異常のスピードであっというまに 読破。某ホームページで指摘されていたように宮台真司と非常に論点というか 視点が似ている。中で紹介されてたし。ブルセラとかのことはまったく宮台セ ンセ考えといっしょと考えてよし、でしょう。ただし、実践的リサーチなしの 結論というとこが違いますが。あと、 宮台真司「世紀末の作法」は元々連載 だったり、分散してた文章をまとめているため何度も同じことが書かれていた り、幾度となくくりかえされ参照(というか、この人がここで書いたこの文章 は、ということ)が読みにくさを300倍(当社比)にしているのに対して、書きお ろしの文章であるため非常に読みやすい。
また、オウム、酒鬼薔薇事 件についても論述されているが、こちらも非常に明晰な分析がなされており、 私は大賛成してるのである。官僚というものに対する大バッシングも展開され ている。これまた冴えている。手元に同氏の「官僚病の起源」というのがある ので、そちらも読む予定。どうしてあのような本が出版されたのか、という理 由がよくわかりました。うん。とりあえず、岸田氏の展開している唯幻論のこ とを知らなくても現代のオカシナ所の構造がよくわかる、という点てオススメ 書籍。買わなきゃ(笑)(図書館でかりてきたのです)